工事進行基準にかかる収益認識の理論的整合性の検討
要約
本稿は、ASBJとIASBとの会計コンバージェンスの「短期プロジェクト」の検討テーマとして位置付けられているIAS第11号「工事契約」との共通化作業として、2007年8月30日に公表された「工事契約に関する会計基準(案)」の工事進行基準の原則適用について、収益認識にかかる理論的整合性を検討するものである。ASBJ、IASB、FASBの長期請負工事に関する会計基準の採用理論と概念フレームワークとの整合性を考察し、収益費用アプローチによる採用理論と概念フレームワークとの不整合性を論じた。最後に、IASBとFASBによる収益認識プロジェクトを参考に不整合を取り除いた新たな収益認識理論として、顧客対価モデルによる収益認識を提示した。
キーワード
工事進行基準、工事契約に関する会計基準、IAS第11号「工事契約」、概念フレームワーク、収益認識プロジェクト、収益費用アプローチ、資産負債アプローチ、実現主義、履行義務の消滅、公正価値モデル、顧客対価モデル
はじめに
2007年8月8日、ASBJ(Accounting Standards Board of Japan:企業会計基準委員会)とIASB(International Accounting Standards Board:国際会計基準審議会)の間で、IFRS(International Financial Reporting Standards:国際財務報告基準)とわが国の会計基準との共通化期限を2011年とする「東京合意」が締結された。「東京合意」によって、わが国の会計基準の国際財務報告基準との共通化作業が急速に進みつつある。このような背景のなか、2006年3月に、ASBJとIASBとの会計基準のコンバージェンスに向けた共同プロジェクトにおいて、IAS(International Accounting Standards:国際会計基準)第11号「工事契約」の共通化が検討テーマとして追加され、「短期プロジェクト」として位置付けられた。この対応として、ASBJでは2007年1月10日より工事契約専門委員会を設置し、工事進行基準を原則適用するIAS第11号「工事契約」との共通化を目的に新たな「工事契約に関する会計基準」の作成に向けた審議を開始した。本稿は、原則適用が予定される工事進行基準について、日本基準、国際会計基準、米国基準における採用根拠、概念フレームワークとの理論的整合性を考察し、一貫した概念のもとでの工事進行基準の適用を検討するものである。
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おわりに
以上、長期請負工事に関する工事進行基準の適用に関して、日本基準、国際会計基準、米国基準における採用根拠、概念フレームワークとの理論的整合性を考察し、現在進行中の収益認識プロジェクトの内容を踏まえて、今後どのような収益認識の考え方が適切であるかを検討した。
工事進行基準の採用根拠は、日本基準においては現行基準の実現利益の拡張解釈の要件を明確化したものとして従来の取得原価主義のもとでの考え方を踏襲しており、国際会計基準では取得原価主義における発生主義に基づく収益認識として捉えおり、米国基準では収益費用アプローチに基づく実現稼得アプローチに拠っていた。つまり、いずれにおいても収益費用アプローチに基づく実現利益の拡張として工事進行基準の収益を認識していた。
工事進行基準の採用根拠と概念フレームワークとの理論的整合性は、日本基準においては討議資料「財務会計の概念フレームワーク」の内容が旧基準を包摂する内容となっているため整合がとれていた。国際会計基準では、概念フレームワークにおいて資産負債アプローチを採用し、収益(revenue)は広義の収益(income)の一構成要素として、資産と負債の差額として認識するため、収益費用アプローチをとっている会計基準とは整合がとれていなかった。米国基準は、概念フレームワークの収益の認識方法において資産負債アプローチと収益費用アプローチを同時に採用しており、会計基準との整合はとれているが、収益の定義において資産負債アプローチを採用しており、概念フレームワーク間に不整合が存在していた。
そして、最後にIASBとFASBが共同プロジェクトとして議論している収益認識プロジェクトを材料に、概念フレームワークと会計基準の間で不整合を起こさない長期請負工事に関する収益認識の考え方を検討した。公正価値モデルと顧客対価モデルの2つの収益認識モデルを比較検討し、収益の測定において、客観的な公正価値の測定の困難性から、契約価額をベースとする顧客対価モデルを支持するに至った。
資産負債アプローチにおける長期請負工事に関する収益認識は、収益の認識を契約の履行に伴う履行義務(負債)の消滅と捉え、顧客の承認というイベントを認識時点とし、収益の測定を客観性をもった契約価値である契約価額によって行うことで説明付けることができる。